大粒の涙

0




    初任地の僻地の小規模校に勤めていた時のこと。

    あおなの担任する学級の児童数は4人。

    そのうち2人に知的障害があった。

    あおなは、

    (1年間は我慢しよう。

    でも、1年たったら、他の学級を受け持ちたいな。)と思っていた。



    その学校では、職員会議で翌年度の担任学級を決めるという非常に民主的な方法をとっていた。

    (普通の学校では、校長が決定する。)

    年度も終わりに近いころ、翌年度の学級をだれが持つかが職員会議の議題になった。

    ほとんどの教員が、今受け持っている学級をそのまま受け持ちたいと発言した。

    あおな 「私、もう少し、人数の多い学級も経験してみたいんですけど・・・。」

    議長 「そうですか・・・。

    では、野上先生、○年生の担任やっていただけますか?」

    野上先生というのは、あおなより1年先輩で、いつもきちんと化粧しているおしゃれな人だった。

    野上先生は、「どうですか?」という言葉を聞くなり、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。

    涙がなにより雄弁だった。

    もう誰も、野上先生に、

    「○年生の担任を。」とは言わなかった。



    あおなは、困惑していた。

    私も、今受け持っている学級いやなんだけど・・・。

    でも、涙こぼせないし・・・。

    それより、あおなはその場で初めて気がついたのだ。

    教員の誰もがあおなの学級を受け持つのを嫌がっていることに。







    今まで泣いたことほとんどありません。そんなあおなにぽちっとお願いします。

         ↓

    にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
    にほんブログ村









    ムードメーカー

    0


      初任地の小規模校に勤めていた時のこと。

      この学校から、町の大きな学校へ転出していった女性教諭が遊びにきて、あおなに話しかけてきた。

      「6年生の音楽教えてるんですってね。

      あなたにも、もうわかってると思うけど、あのクラスのムードメーカーは波多野よ。

      あの子を従わせられれば、みんないうこときくようになるわよ。」



      私には、その女性教諭がいうことが、さっぱりわからなかった。

      私は、たしかに6年生の音楽を受け持っていた。

      6年生の中でガキ大将的な存在は、体の大きい広田ではないのか?

      または、体は小さいが乱暴者の吉野では?

      波多野という男児に、私は注意を払ったこともなかった。



      あおなは知的にはすぐれていたろう。

      また、努力もした。

      しかし、よい教師になろうというあおなの努力はいつもまとはずれだった。

      「もうわかってると思うけど」という言葉通り、児童・生徒の性格を、すばやく的確に見抜く力がなければ、学級を統率することはできない。

      「この子は、気が強いか?」

      「弱い子をいじめる陰湿なところはないか?」

      児童・生徒の性格を見きわめ、それを学級経営に生かす・・・。

      あおなには、それがまったくできなかった。





      にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
      にほんブログ村




      運が悪い?

      0

        教員採用試験に合格したあおなが配属されたのは、僻地の小学校だった。

        全校児童60人という小規模校である。

        あおなの担任する学級の児童は4人。

        そのうち、2人は知的障害を持った児童だった。



        あおなは、この学校に配属されたことが不満だった。

        普通、小学校の教員は大学の教育学部を卒業し免許を得る。

        教育実習も経験する。

        しかし、小学校教員資格認定試験で免許を得たあおなは、教育実習をしていない。

        教員になったら、楽しい授業を工夫しよう!

        周囲の先輩教員からも教えてもらおう!

        そんなふうに考えていた。



        しかし、4人の児童のうち2人に知的障害があるので、一斉授業はむりがある。

        あおなは、学習についてこれない2人のためのプリントを用意するくらいが精いっぱいだった。



        また先輩教員たちは、勤務時間が終了すると、さっさと車で帰宅してしまう。

        (あおなは学校の敷地内にある教員住宅に住んでいた。)



        この後、あおなは長いこと、

        (自分が授業がへたなのは、初任地が僻地だったからだ。)

        (少数の児童しか教えたことがなかったからだ。)とひねくれたことを考えていた。



        いやいや、あおなはもともと教員としての資質を持っていなかったのだろう。

        担任する児童が少人数だから、大きな問題も起きなかったのだろう。

        授業のへたなあおなを受け入れてくれ、お給料までいただけたところ。

        初任地の小学校に対して、そんなふうに思えるようになったのは、ここ数カ月のことである。






        にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へにほんブログ村









        とんとん拍子?

        0


          この記事は申ももこさんの「私、自閉症です。」(2010/02/13(土))「感覚の偏り4〜疲労感〜」を参考にさせていただいて書きました。



          大学2年のとき、

          「小学校教諭は私の天職!」

          と思いこんだあおな。

          そのときから、あおなは、どうやったら小学校教諭の免許状が手に入るのか調べ始めた。

          そして、文部科学省が「小学校教諭資格認定試験」というのを毎年行っていることを知る。

          短期大学に通わねば取得できない「小学校教諭2種免許」が、試験に合格すれば取得できるのだ。

          あおなは計画した。

          大学3年で、「小学校教諭資格認定試験」に合格し、大学4年で「教員採用試験」を受けよう。

          そして、大学を卒業したら、小学校教諭になろうと。

          そう予定を立てたときから、あおなの大学生活は充実しだした。

          大学生というものは、暇をもてあまし、サークル活動やバイト、男女交際にうつつをぬかす・・・。

          というのが相場だが、あおなはそういう生活が苦手だった。



          申ももこさんが書かれているのように、

          「私は昔から、なにもせずぼーーーっとするのが苦手です。

          何もすることがない時間がとても落ち着かず、空白の時間があると、ムリヤリにでも何かすることを探します。」

          そういう特性を持っているのだと思う。

          その特性に、「小学校教諭になる!」という思い込みが、かちっとかみ合ったのだと思う。



          あおなは計画通り、大学3年生の時、小学校教諭2種免許を取得し、大学4年のときは教員採用試験に合格した。

          そして、希望に胸をふくらませて、採用決定の通知を待った。







          にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
          にほんブログ村









          鬼の正体

          0



            馬場あき子の「鬼の研究」を読んだ。



            以下引用。

            われわれが一般的に鬼と認識してきたもの、

            たとえば桃太郎に征伐されて、泣く泣く財産を提出する鬼、

            それから、一寸法師にいためつけられて、苦悶にあえぎながら打ち出の小槌を提供する鬼、

            それらはみな、ごつごつと醜く、柄は大きいがぶこつで、

            まぬけだが人がよく、大きすぎて痛ましい裸形を晒し、

            力があるのにすぐ負けてしまう。

            そんなふうにまるで適応性に欠けている彼らの特性は、はたして現実の社会の秩序の中で復権しうるであろうか。

            鬼はなぜ誅伐されねばならぬのかはこれらの昔話が詳しく語るところではない。

            昔話はひとしく、誅伐されるべくして誅伐される鬼の死を、降参を、追放を書いているのであって、そうした運命を歩まねばならぬ理由は伝わってはいないのだ。

            ということは、理由となるべきものはないのであって、昔話の中で鬼は異形であり、異風であったがゆえに征伐されねばならなかったということになる。

            異形・異風、それはとりもなおさず異心・異人とみなされることなのであり、土着的な習俗が定着しきったのちの歴史の中では、ことにも気になる不安であった。

            異形・異風は法をもって禁じられたこともあるが、法が行われなくとも、それは恐るべき1つの不吉な部分として、日常的な平穏な思考を揺さぶる存在であったに違いない。

            異形のものに対する警戒、異風のものに対する無意識の憎しみは、現代ですら〈好奇〉というまなざしの中に残っている。

            引用終わり



            あおなは、知能指数は高いが、対人関係や職業生活で成功したことがない。

            人にだまされることはあっても、だます知恵はない。

            ヘルパー仲間の間でも、

            「へんよね。」

            「変ってる。」

            とひそひそ言われている。

            何も悪いことはしていないのに。

            なによりあおなを傷つけるのは、ヘルパー仲間は「世間の平均より善良で、穏やかな性格の人々」だということだ。

            ヘルパーの間でうまくやれないなら、他のどの場所でもうまくやることはできないだろう。



            その理由が「鬼の研究」に書かれていた。

            あおなって、鬼だったのか!




            にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へにほんブログ村







            小学校教諭は、私の天職!

            0



              ガールスカウトのリーダーになって1年後、転機が訪れた。

              あおなのことを目の上のたんこぶのように扱っていた専門学校生が、事情があって突然リーダーをやめたのだ。

              3歳年上の女性は就職した。

              今までも、活動にはほとんど出てこなかったから、就職後はもっと出てこれなくなるだろう。

              リーダーをしてくれた母親の一家は、他県に転居した。

              リーダーができるのが、「あおなだけ」という状況になったのだ。



              身の程知らずのあおなは、初めてリーダーらしい行動ができるので舞い上がった。

              子どもをガールスカウトに入れるような親は、教育熱心できちんと子どもをしつけている。

              よくしつけられた児童は、つたないあおなの指導にも従ってくれた。

              (我慢してくれていたのだろう。)



              あおなは、自分には児童を指導する適性があると思いこんでしまった。

              あおなは、私大の英文学科に在籍していたので、小学校教諭の免許は取得できない。

              (小学校教諭の免許をとることはできないかな?

              小学校教諭は、私の天職!

              この気持ちは、あおなの人生に長く影響を及ぼしていく。





              にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
              にほんブログ村






              30年以上たって気づく

              0




                大学進学と同時に、あおなはガールスカウトのリーダーになった。

                ガールスカウトには、子どものころから加入していて、リーダーになるのが夢だった。

                ガールスカウトは毎週公民館で集まり、歌やゲーム、野外活動などをする。

                リーダーはみなボランティアである。



                あおなは、4〜6年生の小学生の担当になった。

                このグループの担当リーダーは、あおなと同い年の女性、3歳年上の大学生、児童の母親の計4人だった。

                同い年の女性は、保育の専門学校生だった。

                3歳年上の大学生は、就活もあり、ほとんど出てこなかった。

                児童の母親は、ガールスカウトの経験はなく、裏方に徹していた。

                リーダーとして活動に参加してまもなく、専門学校生の女性が、まったくあおなを無視して物事を進めていくのに気づいた。

                彼女の行動は、まるであおながそこに存在しないかのようだった。

                あおなは、自分が嫌われていることは推察できた。

                それでも、あおなは律儀に毎週の活動に出席し続けた。



                誰かに相談するとか、リーダーをやめるという選択肢はあおなにはなかった。

                「リーダーをやりたいです。」と言ったのは自分だ。

                年度の途中でやめたら、困るだろう、と思っていた。



                30年以上たった今考えると、専門学校生は、あおなにリーダーをやめてほしくてあのような行動をとっていたんだなと思う。

                だから、あおなが途中でやめたら、困るどころか喜んだろう。

                「私、一人で勝手にやりたいの。

                だから、あおなさん、もう来ないでくれる?」とはっきり言ってくれればいいのに・・・。







                にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
                にほんブログ村






                気づかれなかった発達障害者

                0
                  「こころの健康だより」(2011年2月号、No.100)に、亡くなるまで、統合失調症と思われ続けていた発達障害者のことが書いてあります。

                  p.6の「メンタルクリニックからみるベンダー&ユーザーとしての体験から」(まいんずたわーメンタルクリニック 院長 仮屋 暢聡)という記事です。

                  WAIS−靴凌芭妬鷭靴猟磴気覆鼻発達障害を診察しても、クリニックには経費として負担となってしまうことなども書かれていました。

                  「心の健康だより」は中部総合精神保健福祉センターのホームページでご覧になれます。







                  リンクを貼ろうとしましたが、うまくいかずすみません。



                  にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へにほんブログ村




                  遺影

                  0




                    あおなは、「自分の人生をどのように終えるか」という新聞記事を読んだ。

                    記事の中に、お葬式のために、気にいった遺影を元気なうちに用意しておくといいなどと、アドバイスが書いてあった。



                    利用者さんの中でも、柿生さん(80代)は富裕層に属している方である。

                    世界中をまわって仕事をしてきたということで、美しい飾り物が家の中にたくさんある。

                    柿生さんの家のお掃除は楽しいが、飾り物を壊さないよう、ちょっと緊張する。



                    ある日、あおなは飾り物の中に、柿生さんの奥さまの新しい写真を見つけた。

                    写真館でメイクをしてもらい、服もドレスに着替えさせてもらったようだ。

                    とても若々しく、見とれてしまった。



                    あおな 「奥様、あのお写真、すてきですね。」

                    柿生さん 「母の日の贈り物なの。」

                    あおな 「日本で撮られたんですか?」

                    柿生さん 「そうよ。○○という写真館よ。」

                    あおな 「いいですねー。私も撮りたいです。

                    私、自分の遺影を用意しておきたいと思っているんですよ。」



                    柿生さんの奥様は表情を変えなかったが、高齢者の方に対して、軽々しく「遺影」などという言葉を使うべきではなかった。

                    相手がどう感じるか、考えてから話したい。






                    にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
                    にほんブログ村






                    ヘルパー休憩室でお弁当を食べるのをやめる

                    0





                      あおなは、ヘルパー仲間に、

                      「コメントがへん。」「おかしい。」

                      と言われたのが、とてもショックだった。



                      あおなには自覚はないのだが、話す内容が、普通の人とは違うらしい。

                      人と接する時間が長いと、どうしても話す機会が増える。

                      では、接する時間を減らせばいいのではと考えた。

                      併設の病院に、食事をとれるようなスペースがある。

                      もちろん、入院患者や見舞の家族のためのスペースだが、あおながまぎれこんでも、誰も気づくまい。

                      来週から、そこでお弁当を食べよう。

                      不安になることから、離れることも大切だ。



                      小学校、中学校、高校・・・。

                      つらいことはあったが、休んだり、家族や教師に相談できなかったあおな。

                      これから、困ったことがあったら、自分で自分を助けてあげよう。




                      にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へにほんブログ村














                      calendar

                      S M T W T F S
                            1
                      2345678
                      9101112131415
                      16171819202122
                      23242526272829
                      << February 2020 >>

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM